二人して、飲み終わった紙コップをゴミ箱に捨てて、そのまま中庭の渡り廊下で、話を続けていました。

目の前には雨に打たれた中庭がのぞき、その奥には自分たちがいた校4階建ての校舎が見えています。

私はちょっとため息をついて、その景色を眺めていました。


友人F「どした?」


私「ん、なんか、いつも雨を見ると、少しゆううつな気分になるんだよ。

メランコリックとでも言うのかな…。

昔からそう。」


友人F「ふぅ~ん?そうなんだ…。

メランコリックとか、よくお前、物知ってんな?」


私「これは漫画で覚えたんだけどね。

そうだ、いい本がある。

フクちゃんにも読んでもらいたいな。」


友人F「アタシは本を読まないよ。

教えてもらってもわりぃけど、手が伸びることはないね。」


私「そうかぁ~、ほんとにいい本なんだよ。

いくつかあって、厳選したんだけどさ。」


友人F「一応聞くよ。どんな本だ。」


私「灰谷健次郎の『てだのふあ』、太陽の子という字を書くんだ。

それと、『ジャン・バルジャン物語』、どちらも中学の参考図書になったことがあるし、知ってるかもしれないな。」


友人F「どっちも知らねーな。」


私「そうか、ジャン・バルジャン物語と言われても、ピンとこないかもしれないけど、『レ・ミゼラブル』と言えば、聞いたことないか?」


友人F「そっちは名前だけ知ってる。

けど、分厚い本は読む気がしね~。」


私「そっか、まぁ、レ・ミゼラブルは演劇とかオペラとかで映像でやってるから、いつか見る機会があれば、その時に観てよ。」


友人F「覚えてたらな。」


私「これはぜひ読んでもらいたい本なんだ。

三浦綾子の『氷点』、これが傑作なんだよ。」


友人F「知らねーな。」


私「そうか?ちょっと古い作品だし、有名なんだけど。

まぁ、そのうちテレビドラマ化するだろうし、その時にでも、ぜひ観てよ。」


友人F「約束はできねーな。どんな内容かお前が教えてくれよ。」


私「あぁ、うん。

ぜひ、自分で読んでもらいたいところなんだけどね。

まぁ、いいか。

主人公は陽子、北海道で育つ、明るくて素直な女の子なんだ。

この子は養女でね、お金持ちの医者の家に、死んだ娘さんの代わりに引き取られた孤児だったんだよ。」


友人F「へぇ。」


私「問題はこの継母でね。

お嬢様育ちで、男の人にモテてね、つい、ルリ子っていう名前の娘をうっちゃった隙に、知らない男の人に娘を殺されてしまったんだ。

それで、女の子が育てたいって夫に頼んで、孤児を引き取ってもらったんだ。

けど、その夫は、娘が殺された時、妻が他の男と会っていたのが許せなくて、復讐のために殺人犯の娘を引き取って、妻に知らせず、育てさせた。」


友人F「え、なにそれ。」


私「そして、陽子は小学校にあがるまでは何不自由なく育てられたんだ。

利発で愛くるしい陽子は、兄にも好かれて、家族として暮らしていた。

けど、ある日、継母が真実を知ってしまった。

もう、陽子を可愛がれない。

実の娘を殺した男の娘を育てていた事に虫唾が走って、幼い陽子をいじめ抜いてしまうんだ。

そうして、苦労して陽子は賢く、美しく成長していく。

父も娘が成長すると、男として見るようになるし。

兄も、血の繋がらない妹に恋愛感情を抱くようになる。

でも、妹を愛するが故に、恋を実らせることができない。

恋人や、妻にしてしまえば、余計に母親との絆が強くなり、陽子を苦しめてしまうから。

そうして、自分の友人を妹に勧めて、身を引くんだ。」


友人F「いい兄ちゃんじゃん。」


私「でもね、継母はどうしても陽子をいじめ抜く。

そうして、お前は殺人犯の娘だと糾弾してしまうんだ。

そうして、ヒロインは睡眠薬を飲んで、自殺してしまう。


『殺人犯の娘を育てさせられたお母様は可哀想。

私の心は氷点になってしまった。』


と遺書を残して、物語は終わる。」


友人F「なんじゃ、ソレ!

どこに救いがあるんだよ!」


私「結局、陽子は命だけは助かるんだ。

その時になって、父親の友人で乳児院で働いていた人物が真実を打ち明ける。

陽子の継母に振られたが、学歴コンプレックスで友人に譲っていた。

その友人が娘を殺した男の娘を引き取りたいと言ってきたので、嘘をついた。

陽子の継母を苦しませたくなくて、関係の無い女の子を殺人犯の娘を偽って友人に引き渡したのだと。」


友人F「はぁ!?じゃ、陽子関係ないじゃん。」


私「そう、ヒロインはまったく殺人犯とは関係がなかったんだ。

それを継母も、継父も勘違いして、陽子をいじめている継母を本気でとめなかった。

兄だけは真実、陽子を愛していたが、それ自体が陽子を苦しめると思って、悩み苦しんでいた。

継母も陽子はなにも関係がなかったと知って、後悔し、懺悔する。

意識が戻った、陽子が目にするものは…、というところで物語は終わるんだ。」


友人F「なんか、どうしようもねー話だな。」


私「ヒロインは、なにも悪くないんだ。

でも、周りの大人のズルさが回り回って、ぎゅうっとしわ寄せが彼女一人に絞られていく。


継母は、浮気していたわけじゃないんだ。

モテているのを、楽しんでいただけでその男となにかがあったわけじゃなかった。

それを夫がきちんと問いただしたりすれば、復讐なんてしなくて済んだんだ。


継母は生まれ育ちが恵まれていて、他人の苦労が分からない人だったんだ。

感謝するということを知らない、見栄っ張りの人で、陽子のひたむきさをうっとおしがるばかりだった。

親の言うとおり、見合いして結婚して、教育ママになっただけで、自立とは無縁だった。


もし、彼女が自活するとか、苦労を経験している人なら、陽子のよさが分かったし、自分の無神経さにも気づけて、夫との関係が悪化する事もなかった。


乳児院をやっていた友人も姑息だったんだ。

いい人のフリをして、継母のことが好きだったのに、諦めて。

友人に殺人犯の娘を育てたいなんて言ったら、奥さん悲しむだろうって怒るなり、諭すなりすれば良かったんだ。

ちょうどいい年頃の娘がいるから、どうぞって嘘で誤魔化した。

そういうことがなかったら、陽子はそんないびつな家庭に放り込まれることもなかったんだ。


それでも、なお健気に生きる陽子に、母親は最後通牒を渡した。

死ねと言わんばかりの態度をとったくせに、いざ娘が自殺を図ると狼狽する。

どこまでも幼くて、身勝手な母親だったんだ。

嫌なら、夫に文句を言って、陽子を里子に出せば良かったのに、体裁を気にして、それもしなかった。」


友人F「どうしようもねー奴ばっかだな。」


私「唯一の味方は兄だけど、陽子と血が繋がらないと知って、恋心を抱いてしまった。

それで、苦悩する。

結果、陽子にも告白しちゃうんだけどね。

なにもかもが陽子を追い詰めた。」


友人F「あ~、男って…。」


私「陽子がね、もっとズルかったら、死ななかったかもしれない。

陽子が美しくなかったら継母にいじめられなかったかもしれない。

陽子が賢くなかったら、あそこまでいじめがエスカレートする事もなかったかもしれない。

でも、全ての因果が陽子の自殺へと集約される。

自分が殺人犯の娘だと信じて、死を決意するんだ。


私、本を読みながら、号泣しちゃったよ。

こんなに泣ける本は無いよ。


なんかね、どんなに苦しい事があってもね、どこかに希望はあるはずだと。

世界は美しいものも、あるはずだと思わせるお話なんだよね。」


友人F「ヒロインが死ぬ話なのにか?」


私「そう、おかしな話なんだけどね。

人間は生きているだけで罪を背負っている。

私が悪かったのね、と、そう、ヒロインは悟って、死を決意するんだ。


そんな頭のおかしな連中から、とっとと逃げ出せばいいのに、純粋故にそれもできない。

けど、『お母様可哀想』と言いながら、自分が死ぬことで、痛烈な攻撃を継母に与えて、暗にあなたが生きている間は許さないって意思表示でもあるんだ。


ヒロインは真っ白な純粋さで、継母を悪者にして、消えていくはずだった。

死ねば彼女の復讐も完成するのに、彼女は助かる。


許しを乞う、母親を見て、彼女の胸に去来するものはなんなのか?

安らかな幸せとはとうてい思えない、そんな虚無感を漂わせながら、物語は終わる。


なのにね、やっぱりヒロインが生きていてよかった、と思うんだ。

生きていれば…、そう思わせる作品だよ。」


友人F「ふぅ~ん…。

なんか、やりきれない話に感じるんだけど。」


私「でもね、ヒロインも純粋過ぎたんだ。

だから、ちょっと毒を含んでいた方が、ちょうどいいって思う。

フクちゃんは、どう?」


友人F「え?そりゃ、お前、アタシは毒だらけだよ。」


私「ふふ、それも素敵だね。」


友人F「え?そぉかぁ?」


私「純粋すぎる存在は、それ自体が、周りを悪者にしてしまうこともあるんだ。

陽子はね、正しくありたいって必死で生きてきた。

それも悪くないよ、でも、ポキッと折れちゃうだろ?

毒を含んでいるくらいが、ちょうどいいと思うよ。

生きていけるんだから。


生きている事自体が、罪だけど、生きているから払拭できることもあるんじゃないか?

って思わせる作品だよ。


人間は醜い、けど、世界は美しい。

まるで教会のステンドグラスを眺めているような気分にさせられる。

心が洗われるような本って、あまりない。


これは傑作だと思う。」








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