夕「えぇ。しんじゅさんの性格とでもいいますか、特質として相手の事情を慮る、なにかこの発言には意図があるのでは?と思いを巡らせることができる方です。


そのようなふるまいができる方ばかりではありませんし。

相手の方も、しんじゅさんとは立場や経験が異なります。

どなたでも、自分の経験を踏まえて、他人の話を聞いて理解するものですわ。


しんじゅさんには、しんじゅさんなりの立場がおありになり、事情を説明できない背景がある。

それはしんじゅさんと同じような職種や立場の方にしか理解しにくいものですわ。

しんじゅさんに相談された方には、その世界観は理解できなかった。

そのような環境に身を置いていなかったから、想像しようにも、無理だったのですわ。」


私「えぇ、そうだと思います。」


夕「そうですわね、お話を詳しくお伺いしておりますと、やはり、不幸な事故。

そして、おそらく、しんじゅさんが相談された方、きっとその時、その方も精神的に余裕がなかったのではないでしょうか?

もし、精神的に余裕のある時でしたら、しんじゅさんのSOSにきちんと穏やかに対応できたのではないかと思われるのです。

そのようなタイミングで不幸な出来事が連鎖してしまった。

そのようにお見受けいたします。」


私「えぇ、私もそう思います。

不幸な事故だった。

そう思えたんです。」


夕「えぇ。」


私「それで、私は心の奥に沈殿していた、澱(オリ)のようなものが取り払われた気持になりました。

あぁ、もう、これで人を恨まずに済む、と思ったら、幸せだったんです。」


夕「えぇ。」


私「それで、先月のセッションの後、一週間くらい経ったころですかね。

風邪で熱を出して、一人自宅でハァハァ言ってました。

そしたら、すごく古い子供の頃の記憶が蘇ってきたんです。」


夕「えぇ。」


私「私がよっつか、いつつかの頃の話で。

父が熱を出した私を心配して声をかけてくれる、というものでした。

私はその時、広島の原爆の話を父から聞かされて2週間ほど熱をだして寝込んでいました。

それで、父は事情を知って、ビックリして。

私の事を、頭が良くて、考えすぎて、繊細な子供だと。

このままでは大きくなれないだろうと考えて、私の事を、バカだ、アホだと言い続けることに決めた、という話でした。」


夕「えぇ。」


私「私は熱でうなされながら、この子供の頃の話を思い出して、驚きました。

私は子供の頃から、父親にバカだアホだと言われ続けていて。


それは、自分が虐待をしていたのを隠すためだと思っていたのですが。

繊細過ぎる性質を心配して、図太くなってほしいとの願いからの発言でもあったと思い出したんです。

方法はアレですけど、それは父なりの愛情もあったのだな、と思ったんです。」


夕「えぇ…。」


私「ずいぶん、昔の出来事を思い出したな、と思いましたし。

高校生の頃に、国会議員や、国家公務員になりたいと言っていたのは、この体験がルーツだったのか、とおかしく感じました。

広島の原爆で亡くなった方の死を無駄にしたくない、その願いから、私は勉強を頑張るようになった。」



夕「えぇ。」



私「そして、まだ体調が悪かったのですが、今度は別の出来事を思い出しました。

私の事を『天才だ』と言ってくれた人がいたんです。

それが、私が30才の時に出会った、催眠療法士の先生だったんです。」


夕「えぇ。」


私「私はその時、先生がおかしな事を言っていると思って、真に受けませんでした。

そして、最初は、面白いことを言っていた、催眠療法士の先生がいたな、と懐かしく感じたんです。


そして、その先生が言っていたことを、思い返していたら。

どんどん記憶を掘り起こしていったら。


その先生が言っていた『見立て』どおりの部分がたくさん思い当ってきて。

どうしようもなく、情緒不安定になってしまったんですよ。」









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