セミナーの後、長野からいらっしゃった方と、夕飯をご一緒させていただきました。

前回のレベル1でも、一緒でしたし、私のブログも知っているということで、ちょっと気安く声をかけさせていただいて、セミナー会場そばのオーガニックのカレー屋さんで食事をしました。

その後、ハンバーガー屋に移動して、コーヒーを飲みながら、おしゃべりに付き合っていただきました。


私…スピな感じのブログを書いていますけど、実際は、そんな話をする相手はあまりいなくて。
こうして、同じようなものに興味を持った人の、こう、スピなセッションを受けた時の感想とか、どんなものか興味津々でございます。

で、ついつい長話をしてしまいました。
Hさん、ありがとうございます。

さて、それでお互い、水道橋駅から徒歩10分くらいの場所にホテルを取ったという事で、お別れしまして、余裕余裕…と、思ったら。

なぜか、地図アプリが明治大学の施設を指し示しておりまして…。
アプリ、故障してた…。o(TωT )

滝汗かきながら、ホテルのHPを調べて、それを頼りに移動して、結局40分くらい、水道橋を彷徨うハメになりましたよ…。(TωT)


すっかりくたびれ果てて、ホテルにたどり着くも、なんか気力が沸かない。

今日のセミナーも、自分の知覚、もうちょっといいかと思ってたのに、不発に終わったしと、しょぼんとしておりました。



実はセミナー開始前、講師の方に、共同探索用に亡くなった母親の写真を提出しております。

当初から、そのつもりでいましたが用意するのがなんとも億劫で、やっとこさ、前日の夜に用意しました。

写真は、数年前、母の在所から、昔の写真が出てきたから、と、もらっていたものを提出しました。
母の若い頃の写真です。

それがなければ、私が2歳の時の、お稚児さんの写真をカラーコピーして、母親の部分だけを切り取って提出しなければならないな…と考えていました。

事前の連絡には、故人のみの写真を用意するようにとの指示がありましたので、最初、私の場合、それしかなかったんです。
母が亡くなったのは、私が小学6年の時。

ものごころついた時から、夫婦仲は冷えていたように思いますし。

思い返すと、小・中・高の入学式も、卒業式も親に来てもらったことが一度もありません。
(ついでに言えば、短大もないね。)

そんな訳で、母親と一緒に写っている写真が、それしかない、という事実に気づいて、凹みます。


(いや、きっとお父さんがカメラを回すとか、そういうマメなタイプじゃなかったってのもあるし。
三番目の子で、上の子に比べて、写真と撮る気持ちも萎えちゃっていたっていうタイミングもあるだろうし。

家族写真がないっていうのは、お母さん、体が弱くて、一緒に出かける機会があんまなかったって事で…。
夫婦共働きで、忙しかったのもあるし。

いや、でも、お父さん、しょっちゅう遊びに出歩いて、でもお母さんは一緒にこなかったし。
そうそう、夫婦仲もあんまよくなかったし、私と一緒に写っている写真が極端に少ないのは、きっと夫婦の問題のせい…。)


とか、考えても、ただ単に、私が母親に嫌われていただけ、という気もしてきて、ずぅ~ん、と落ち込みます。


(そういえば、高校の保健体育の授業で、母子手帳を持ってくるように、と言われて家探ししても。
姉や兄や弟の、へその緒や、母子手帳はあっても、私のは無かった…。

いやいやいや、きっとお父さんがキレやすい性格で、わーっとなった時に、なんでも捨てちゃってたから。
ドサクサにまぎれて、私の母子手帳も、どっかにいっちゃっただけ…。

母子手帳捨てられる…どんだけ…。
中学の教科書やセーラー服もお父さんに捨てられてたな…。

あぁ、制服にどくだみの匂いが染み付いて、中学の時のあだ名が『バイキン』とか『便所虫』とか言われてたな…。

アレ?私、けっこうかわいそうな人?
もしかして、不幸でヒサン?今頃?今頃気づいた?

いや、でも、それだけ色々あっても、グレずにまっすぐ育った私、エライ。
そこ、気にしちゃダメダメ。

ただ単にお父さんのデリカシーがなかっただけで、他意はないよ、きっと、うん。)


地味にへこみます。(´_`。)


若かりし頃の、母親の写真をじっと眺めていると、私とよく似ている、と感じます。


当時、小学生だった自分が、40歳くらいの母親に似ている、と言われてもピンと来なかったのですが。
ふくふくとした、若い女性の母親を見ると、あきらかに関係者だと分かる顔立ちをしています。

あの頃の30代、40代の女性は、大人の落ち着きがあって、『お母さん』という感じがして。
今の30代、40代とは、イメージが全然異なるのです。

手の平の中の、自分によく似た、健康的な若い女性が、この数十年後には亡くなっているかと思うと、時の無常を感じます。


(お母さんか…。
お母さん、どういう人だったんだろう。

よく、分からないな。
自分で行こうと思えば、F27に行けるんだろうけれど、どうしても、腰が重い…。

霊能があっても、ヘミシンクができても、一番身近な故人には会いたくない。
皮肉なものだな…。)


ため息をつきながら、20歳ぐらいと思しき母親の写真を手帳に挟み込んで、旅支度します。

部屋中を引っかき回しながら、アッチコッチとっちらかりながら、夜中までゴソゴソと動き続けています。

無性にイライラしていました。


『…通信教育で卒業したなんて、学歴詐称に等しいですよ。』


あぁ~、もうっ!!
また、くだらない記憶が蘇ってきたっ!
ほんとに、もう、どうした加減だろ。



ヘミシンクを独学で学ぶのは、邪道。
王道の坂本政道さんの体験をなぞらえていない時点で、体験談はほぼ妄想。
高次の存在とアクセスしたと言っても、せいぜい中程度、実際は低次の存在や低級霊と繋がっていた。
ありもしない出来事に必死になって取り組んで、マスコミが流した嘘の情報を信じて、自分が作り上げた妄想の世界で生きている気の毒な人。
被災者は生活保護でも受けていればいい。
普通科高校に進学できない、大学入試を受けられない、そんな家庭に生まれついた時点で、自分の方が生まれ持ったステータスからして違う。
塾も、家庭教師も専門学校もなしで、正規の入試を受験して大学を卒業した優秀な自分より名の知れた所に就職しているなんて、世の中が間違っている。
周りの人間に自分が賢い人間だと思わせて騙している人。
子供時代の話も、本当がどうか怪しい。
育ちが悪くて、下品。
異常な人間は、自分が異常だと気づかないものだ。



そんな事を言われていたのを思い出して、ムカムカしていた。


(はぁ~、どういった心の向きなんだろう…。
こんな過去の事を蒸し返しても、なんにもならない。

バカにされまくりこだよ。

あれは、個人の意見で、私がそうだ、ということにはならない。
それとも、一部、そうなのかな?って思っているから引っかかるのかしら?

自分が頭イイって思っているから、見下されて腹が立ちまくっているのかしら?
どれだけ考えても、不毛なのに。

『東北地方で地震や津波があって、大勢の人が亡くなった、という事実はありません。
僕が認知していない以上、そんな事実は無かったんですよ。(笑)』

って、言ってたなぁ。
おかしな事を言って、変わった人だったよなぁ。

私の記憶違いなんだろうか?と頭ひねりたくなるような事をたくさん言ってた。

私はよっぽど、この人の気に障る事を言ったんだろうなぁ。
きっと、すごくRさんの事が好きだったんだろうなぁ。

あの時、(生きている人の意識体)数千の人に支援のエネルギーが渡せなくて。
原因がイレ・スタのメンバーだと、日本神界の人に言われて。
私が、Rさんは、このままではタダでは済まない事になる、と言ったからなんだろうなぁ。

まぁ、確かに分からんけど。
合同レトリーバルの邪魔したから、障りがあるとは限らないかもしれないし。

世界観は人それぞれだよなぁ。
被災地の人がどんなに大変でも自分には関係ありませ~ん、って人もいるだろうし。

私からすると、体育館で避難所生活送っている人のすぐそばで、プールにペットボトルの水をあけて、水遊びするような真似をしているように思えたんだけど…。


ヘミシンクの知覚だけじゃない、私の生まれや育ちや人格まで全て否定している。
そりゃ、腹も立つわな。

普段の話し方からは想像もつかない事ばかりで、ビックリしたけど。
そういう一面も持っていた人だった、という事なんだろうな…。

なんか、精神構造が小4の担任に似ているな。


この人の行動、どこかお母さんに似ているからかもしれない…。
私が引っかかるのは、そういう所なのかもしれない。

私、身内みたいに思っていたのに、あの言い草…。
完全に見下されて…。

親を悪く思いたくない気持ちが、目を曇らせてるんだろうか。
もう、あれは過去の事。

まるで、生乾きのカサブタに爪を立てるような真似を繰り返す、私に何か問題がある。
つらい…発想を変えないと、心を蝕む。

私は…。
私は、お母さんにもっと甘えたかった…。)





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