まず、完全ヒット。

年齢41歳で、30~40代と知覚されていること。

住宅街であること。

離れが近所のカラオケボックスと化していたこと。

(お酒が並ぶカウンターや、カラオケマシン、マイク、ピアノ・ギターなどが置いてあった。

父はミュージシャン志望の人で、趣味でそこまでそろえていた。)

髪の毛のボリュームのある人。(パーマヘア)

和服姿で仕事をしていたので、着物や草履もありだと思います。

洋服も多かったですよ?普段着で和服を着るのを好んでいました。



お花は両親とも、お茶、お花はたしなみますし、母親は生け花するの好きな人でした。


で、お野菜を育てる、土いじりのイメージが結構多かったんですが…。

小さな畑がありましたけど、母親は土いじりはあまり好きではありませんでした。

近所の人に土地を貸して、やってもらっていただけです。

じゃ、なんで、ガーデニングのイメージが強いのかといいますと、私の実家は八百屋さんです。

商品として陳列している野菜や果物を並べている作業を、土いじりと知覚されたのでは・・・と思います。


あと、手芸はどうだったかな…。
好きは好きだったと思います。
そいや、私も編み物教えてもらってたわ。

神経を使う細かい仕事は、根気がいりますしね。

虚弱体質の母がそれを好んでやっていたのは、かなり私が小さいころのお話ですので、いまいちピンときていませんでしたが、そういえばやっていたな、と思います。


それと、ちょっと意外なのは、「赤い口紅」を知覚された方がいらっしゃったこと。

見た目、清楚な感じの母親でしたが、宝石とか着物とか、パーマとかやってて、結構おしゃれさんだったと思うんですよ。

一見、すっぴんのように装っていましたが、結構肌のお手入れはしっかりしていたので、美容意識がたかかったと思いますし。

父の手前、おとなしくしていただけで、本当は女性らしく、華やかに装いたかった女性だと思いますので。

象徴的には、ありだと思います。

昭和の男性が好むような、一歩下がって、控えめな印象の母親でしたが、女らしい感じの人だと思いますしね。


後、夏の余韻を感じさせるような知覚をされた方もいらっしゃいましたね。
私もそうでした。



あと、個人的に気になったのはHさんの知覚。
アパートの階段下の、金属製の扉の奥に隠されるように置かれた傘。

傘って、普通、雨が降ったら、必要になるもので、玄関先とか、傘たてに保管しておいて、家族が雨にぬれないように備えるものじゃないですか。

それを、主婦が、わざわざ人目から隠すように置いておく・・・。

ひそかな悪意を象徴しているようで、興味深い知覚だと、私は思います。

彼女もリト不要とは言っていなかったような…。



私以外は基本的にリトリーバル不要と知覚されていました。

それは、それで正しいと思うんです。



リトリーバル対象者の、どの側面にアクセスしたか、だと思います。

人間って、多層構造とでもいうのか、多面性があると思いますので。



母は、独居老人の家に、無償でお惣菜を届けたり、按摩さんをやりに行ったり。

話し相手をしたり、お墓参りも欠かさず、進んで清掃活動したり、人当たりがよくて、菩薩とか、弥勒みたいな人だと言われていました。

頭もよくて、上品で人当たりがよく、働き者。

思いやりがあり、優しい、美しい控えめな女性。

その裏側では、夫の暴力や子供への虐待は見て見ぬふりを決め込む女性でもありました。


複雑なのですが、あの環境で育っておきながら、普通の感性を私が持っている、という事は。

母は、私に人付き合いにおいて、必要最低限の常識や、思いやりを持つ人間に育つようにがんばってくれていた部分もあると思います。



彼女自身も、自分は善なる人でいたい、という痛切な願いを持っていたように思われます。

私の父親と、母の母は、同じような気性の人物で、かんしゃくを起こして、手当たりしだい周りの人間を手ひどく扱うことを平気でする人間です。

そんな人から、好まれて生き残るための戦術が、母にとっての、「善い人」であることだったのかもしれません・・・。



父親から性的虐待を受けて、一度心肺停止をしたことがあります。

その事実に気づいた母は、父を責めるより、私を非難し、無視するようになりました。

3つ、4つの子供が何をしたっていうのでしょうか…。

自分を連れて、家を出てほしいと何度も頼みましたが、男の人無しには生きられないから。

世間体が悪いから、それで子供が死んでも構わないと言われたことがあります。



私がヘミシンクブログをはじめたきっかけは。
おそらく、本心としては、個人的な私憤を晴らすためでもあり、そんな惨めな思いをして育つ人間もいる、ということを伝えたかったためでもあり。

もし、今、そんな子供がいるのなら、そんな状態にいなくてもいい。

自分とは、もっと大切に扱われていい存在なのだよ、というメッセージを届けたいからでもあります。

そのために、ヘミシンクをテーマにした、ブログを開設し、自分の実体験を公開しております。



参加メンバーの皆様方へ。

共同探索の課題として、意地悪な、後出しじゃんけんみたいな格好になってしまって、申し訳ありませんでした。



参加された方の知覚と照らし合わせて、自分の知覚の癖や、解釈者の覆いの傾向を探る判断材料とさせていただきたく、記事にさせていただいております。


そして、私個人としても、ひとつのステップを踏めたと感じております。


お茶休憩の時に、こそっとHeleneさんに言われた話がありまして。
Heleneさんが私の母親に会いに行ったら、男性と認識されていたようで、足元にすがりつかれた、というものでした。


彼女曰く、人にはいろんな側面があるから、他の参加者の方の知覚も間違いじゃない。

対象となる人物の、どの側面にフォーカスするかで、受け取る印象が異なるのはありうる話だ、という説明を受けた時。


あぁ、そうなんだな。

母も一人の人間なのだから、いろんな面があって当然だし。

私は、これだっていう、一面でしか、人を捉えることしかできていなかったな、と。


個人的にも、人間関係で色々悩んでいたのですが、それもやはり対人間ですから。

色んな側面を持っていて、故意か無意識か、わざと隠す人、だます人もいる、というだけで。

別の側面を持っていたから、全部ダメって考え方で、他人を判断していたら、それは自分が疲弊してしまうな、と思いまして。



母親のリトリーバルでありながらも、これは、私の対人関係のリトリーバルにも繋がると感じました。



私は、どれほどの所業を受けたとしても、それでも親を愛しいと感じており、そして憎んでもいます。

それでも、それは、それで、こういう人だったんだ、と思うことで、私の心が平安に傾くのではないかと思われます。


共同探索に参加してくださった皆様には感謝いたします^^
まだ、体験談続きます。
よければ、おつきあいくださいませ✩







いつも最後まで読んで下さりありがとうございます。
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