今日の記事は、大変重たい内容になります。

これは、あくまで、私個人の主観により体験した事を記録したものになります。
特に後半は、私が震災直後に体験した内容を克明に記載しておりますので、震災を経験された方は避けられた方がいいと思います。

楽しい気分を壊したくない方は、読み飛ばしていただきたいと思います。










2012年2月中旬、私は知人と電話をしていた。

内容は割愛するが、私はショックを受けて絶句した。

彼の発言は本心ではないと思う。

売り言葉に買い言葉。
被災地となんの関係もない、愛知県民の私だから言った、という部分もあるだろう。

以前から、たびたびこのSさんの発言に頭を悩ませていたが、最近やっと、つらくなくなった。


私はどうしても、自分を基準に考えてしまうので、彼の発言がイマイチ理解できなかったが。

たしかに、自分とは関係のない地方での災害に無関心な人もいるだろうし。
自分に利がなければ、動かない、そんな考え方の人もいるだろうと思う。

それを非難するつもりもないし、それはそういう人もいるね…と素直に思う。


私は単純に、東日本大震災の様子を知って、胸を痛めない人なんていない…そんな風に思っていた。
だから、自分のしたことは、営利目的でもなんでもないし、悪く思われるなんて思いもよらなかった。

ましてや、被災者支援の邪魔されるなんて、信じられなかった。
活動を真似して、その上に被さるようにして、それをまた霊能力開発セミナーへの誘導として利用する人間がいる…。

営利目的のビジネスチャンスとして、捉える人間が出てくるなんて、まったく想定していなかった。
スピリチュアルを好む人は、善意の気持ちが強いんじゃないか、ぐらいに思っていたが、現実は違っていた。

それは、それで、そういう人がいただけ…と、今なら思えるし。
人の考え方や、捉え方は人それぞれ。

霊性の低い人間を、高みへと導く…そういう事をやりたい人もいていいと思うし。
それについて行きたい人もいれば、それはそれでいいんだろうと思う。

それをとやかく言う、筋合いとか、権利は私にはないね。

しかし、ここのあたりだけが、どうしても引っかかって、非常にイライラしていた。


『災難や災害に遭う人間は霊性が低い、世の中に必要とされない人。』
『東北は霊性の低い人間の人口密度が高いから被災した。』


どうしても、私はこの発言が許せなかった。

怒りというより、殺意にも似た感情を持っていた。

この発言を真に受ける私がバカなんだろう、と思っても思っても怒りが沸いてくる。

『被災地の人間なんて死んで当然でしょ?』

そう言われたようで、悔しくてたまらなかった。





私がブログを始めて4ヶ月目に東日本大震災が起きた。

その時の私は、かなり知覚が鋭くなっていて、意識体を被災地へと飛ばしていた。



凄まじい状況を見て、私は時間を遡って、意識体を震災が起こる前にジャンプさせた。

被災地に住む人々に、これから地震や津波が来る、と伝えたかったのだ。



しかし、私の意識体は生活を営む生身の人には見えないし、聞こえない。

私は繰り返し繰り返し、人の多い場所、ショッピングモール、霊能者、高校や小中学校に時間を遡り、警告して回ったが。



結果、目の前で繰り返し繰り返し、人々、特に子供たちが黒い水に飲み込まれていくのを目撃するだけだった。



津波を止められないと思った私は、今度は誰か助けられないかと、水の中に飛び込んだ。

遺体を探した。

切るように冷たい水は、水温が低い。

うまくすれば、低体温で遺体を引き上げて、ゆっくりと温めれば蘇生するのではないかと考えたのだった。



何度も何度も水の中に飛び込んだ。

そこで見たものは肉体を損傷した遺体の数々だった。

私は必死で蘇生可能な遺体を探した。

一見、損傷はなさそうに見えても、腰椎が粉々に砕けたもの。

腸が破裂したもの、腕の骨がむき出しになっているもの、下顎が欠けているもの、脳に損傷を負って、眼球が潰れたもの。



意識体の私には痛覚はなかったが、それ以外の感覚は備わっていた。

黒い水の中に飛び込めば、気道や食道や肺に泥水がつまる感覚があったし。

物がぶつかれば、衝撃は受ける。



黒い水の中で、綺麗な遺体を見つけて近づこうとするも、様々な物体を巻き込んでトルネードのごとく水流が押し寄せて、耕運機に踏み潰される田の土のように遺体が損傷していく様を見たりした。



時々水中から出て、建物の上から、遺体を探そうとすると、ガイドが無駄だから…と止めていたが、私はやめなかった。



水流に押し流されて、ビルにぶつかり人形のようにひしゃげる人体を見て、どんどん私の精神はボロボロになっていった。



そんな中、理想的な遺体を見つけた。

オレンジ色のニットを着た、30才くらいの細身の女性で損傷は左手の甲の骨が少しヒビが入っているだけ。

頭をぶつけて気絶して、そのまま水流に流されたようで、肺も綺麗だった。



これなら、蘇生できるかも、と手を伸ばしたが、私は遺体に触れる事ができなかった。

どんなに知覚がリアルでも、肉体には触れることができなかった。



そんな事も分からなくなっていた。

何度も、何度も遺体を引き上げようとしたが、かなわなかった。



水中から少しだけ飛び出した、崩れたビルの屋上に呆然と座ると、斜めに降りしきる雪風が頬を打ち付けてくる。

身を切るように冷たい水の中に下半身を浸して、コンクリートを拳で殴ると、赤い血がにじんで見えたが、アリエナイほど美しい白いドレスを着た我が身を見て、呪った。



こんなに、見えているのに、こんなにリアルに感じているのに。

誰も、何も助けられない。



荒廃した景色の中にいて、私はこの世界は呪われているのか、と叫んでいた。

精神崩壊をおこしかけた私はガイドに横抱きされて移動していった。



そんな事を思い出して。

助けたくて、何度も何度も手を伸ばしても通り抜けていくだけ。


圧倒的な無力感と絶望感。
それは、私が一番恐ろしいと感じた体験だった。


どれだけ、無茶だろうと、どれだけ無理だろうと、どれだけ道理に沿わなかったとしても、私は助けたかった。

それを、『被災者なんて死んで当然の人間でしょ?』と言わんばかりの彼の発言が、私の逆鱗に触れていたんだと気づいた。



彼の発言には、なにも重みが無い。

私の絶望感や虚無感を刺激して、過剰に反応していただけだと気づいた。

辛かったね。



それに気づけたのはおととしの御嶽山の噴火があったからかもしれない。

あの時、KTー95の共同探索の最中だったが、どうにもうまくいかなくて。



私はフォーカスエリアでの、自分の活動はあまりよく覚えていないのだけれど、私は噴火が起きないようにとなにか活動をしていたが、結局抑えきれずに、仲間と共に撤退した、といううっすらとした感覚だけがある。


そして、結局被害者が出て、私は勤め先で3人の方の死亡後の手続きをすることになった。

そんな時、あるブロガーさんが、御嶽山は元々登山用の山ではなく、霊山だったし、人間側が営利目的で登山などに利用することになったし。

登山の手続きをきちんとしないために、身元不明者の特定が難しくなったりと、人間側の登山のあり方が問われる問題もあるね、的なものを読んで、腹立たしく感じた。


言っていることは、なにも間違っていないし事実なんだ。

噴火が起きて、3~4日後にその記事はアップされていた。


私は、あまり記憶がないが、このブロガーさんと、フォーカスエリアで会っていたと思う。

そして、役目や役割や能力が違うから、表現方法はそれぞれで仕方のないことなんだと思いつつも。



現場で噴火抑えるの手伝ってないくせに、なにを言ってんだ、と思った。

スピな能力があるのなら、事前に予知で防ぐとかならまだしも、後出しでこんな情報を出して、遺族の気持ちも考えろよ!と勝手に腹を立てていた。


私がいくら腹を立てても、噴火は起きたし、防げなかったのは事実だしそのブロガーさんや私に責任のある話でもない。



道理とか、そんなの関係なく、私は助けたいと思っていたってだけの話。

そういうやりきれなさとか、いろいろないまぜになって、過去のこの発言に腹を立てていたんだな~と気づいた。


長文におつきあいくださいまして、ありがとうございました。







いつも最後まで読んで下さりありがとうございます。
↓応援よろしくお願いいたします↓
  

スポンサーサイト

ドラえもん的考察。

手相占い♪

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿