3月11日の当日は新幹線の中でリアルタイムで参加してきました。


前日の金曜日の夜はやたら眠れず、そして土曜日は終電まで京都で遊んできましたからね。

日曜日の朝っていうか、お昼すぎに目がさめても、ぼんやりしておりましたよ。

どーも、熱っぽい。

京都では、すっごくおいしいバルで夕食を頂いていたのですが、カルボナーラあたりで、なんか喉がかすれる感じがして、パエリアあたりで、味がよく分からなくなっていたので、風邪をひいたみたいですわ。

日曜日にリトライすればいいと思いつつも、体がだるくて、日中はともかく先約があったので、そちらへおつきあいをしておりまして。


夕飯後に帰宅して、せめて土曜日の体験談をアップせねば…で撃沈。


日曜日の夜にもチャレンジしようと思ったのですが…よく覚えておらず。


月曜日の朝、なんか『ゆるす』というキーワードが頭の中に入っていたのでした。


内容を割愛しておりますが、土曜日に夕馬さんに聞いてもらっていた話は、イレ・スタがらみのあれやこれやだったんですわ。

それは、なんつーか、もう、心の中がドロッドロになっていたっていう話でもあって。


でもね、それでも、心象風景的にフォーカスエリアで血の涙を流すくらいつらいことを言われていたのですが、それでも、自分の考えとは異なるけれども、相手の言い分をいったん認めてみたんです。


あぁ、そういう考え方もあるよね?と思えたし。

ただ例えそれが一理ある言葉だとしても、まったく愛のない話でしたので。

私はそれは好みませんわ、という気持ちに収まったら。


あれやこれやの、これでもかのトラブル続きのお話もね、今、振り返ってみると全て自分や、自分に関わる大切な人たちや、目指す方向性にとっては、いい結果になっている、と気づいたのですよ。

非物質の世界で活躍したからって、なにになるの?と蔑まれたのならば。


実際に被災地へと出向いて、現状を知る。

そして、現実的に寄付という形で、支援も行っているし。


思い切って出向いたことで、日本全国各地で、気持ちのよい人物と出会って交流できるようになった。

それは、私にとって、目には見えないけれど、お金には変えられない、とてもすばらしい資産だと思うのです。


辛く、苦しく、嫌な体験も、私にとって、よい出会いを招いたいいきっかけにもなっている。


それなら、いつまでも怒りの感情を持つ必要もないな。

むしろ、その人たちはどうしてその方向へといってしまったのか、残念なことだな、とか思っておりました。


いい、悪いはおいといて、人にはそれぞれ、役目や役割があるのではないかと思います。

私にとって、嫌われ役、敵対者として現れたその人たち。


おそらく愛や承認を渇望していたのでしょうが、あの言動では逆効果でしょう。


今も、あれだけのことをしてあげたのに、どうして自分ばかりがこんな目にあって、悪い人間に利用されるばかりで、誰も助けてくれないんだ?と被害者意識を持っているかもしれません。


嫌なら今までの役割を降りる。

それも自分の選択次第なのだと思います。








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3月11日イレブン・スター✩体験報告4

ちょっと京都まで。

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