11日当日のお昼、京都で夕馬さんのセッションを受けてきた。


その時のやりとりで、あとから思い返して気づいた事に、どうしても自分は責められても仕方のない人間なのだという強い思い込みを持っているようだ、というものだった。


そんな話を月曜日の夜に地元の友人に話していたら、そう感じる原因となるガイドさんとつながってみて?と言われて、アクセスするとインディアンの青年の過去世がでてきた。


彼は、アクセサリー職人で、旅先で他の部族の人に自分の部族のことを深く考えないで話してしまった。

それがきっかけで自分の部族は全滅となり、自分も虐殺されてしまう。

その時に、自分のせいで皆を死なせてしまったという強い罪悪感を感じたようだと説明したら。


その彼の望みを聞いてみて?と言われてイメージすると『母親に抱きしめられたい』、というもので。


そのままイメージすると、彼の周りには同じ部族の人間がたくさん微笑んでいて、一緒に光の中に消えていった…というレトリーバルを行う格好になったのだった。


そうか、イレ・スタ✩当日にインディアンっぽい格好をしていたのは、この伏線だったのか…と感じたり。

私がこういう体験をすることにも、なにか意味があるのかもね…なんて思ったりした。


『ゆるし』…そうか、私に連なる魂の中に、許しを求めている者がたくさんいるのかもしれない。

今の私が、ゆるしを行うことで、またそれぞれに変化が波及する。


そして、現代に生きている私に関わる人たちにも、なにかの変化を促すのかもしれないな…なんて思ったりして。


B・Mメソッドを学んだ事が、こんなところで役に立っているんだな、と感じたりした。



ずっと、悩んでいる?事があって、話すと長くなるけれど。

(というか、今までさんざん書いてきたので、うんざりする人もいると思う。)


震災から一年経っていない、2月のイレ・スタ✩で被災地へと意識を飛ばした私は、大勢の人にヒーリングを行う事ができなかった。

私の予想よりはるかに参加者が激減していて、支援を必要としている人に渡せるだけのエネルギーが足りなかったからだった。

軽く4000人ほどの人にエネルギーが行き渡らないと知った私は愕然として、かなり狼狽して、見苦しい姿を晒していた。


なんとかメタトロンや他の存在から力を借りても300~400人程度が限界で、3000人以上の人間に手ぶらで帰ってもらわなければならなかった。


なにが悪かったんだろうって考えていた。


参加者が減ったのは、私のことをディスっていた人がいて、参加を見合わせた人が続出したってのが主な原因だけれども、それだけじゃなかった。



そもそも、私は自分のブログでそういう風にヒーリングをしているってことを説明していなかった。

なんでかっていうと、そういうスタイルをとり始めたのがその前月からだったから。


東北地方の日本神界の存在とアクセスして、自分はこれこれこういう者で、困っている人の手助けがしたいので、一箇所に集めてもらえると助かる、と持ちかけていた。


これ、ほんとうはイレブン・スター✩コミュニティで先にお知らせしておくべきだった。

私が勝手に先走っていた。


ただ、東北地方にヒーリングのエネルギーを届けます、としか告知していなかったから、参加される人にしてみても、イメージしにくかったんだろうと思う。


それに、やっぱり私はどこかで焦っていた。

ここで、バシっと決めて、目立ちたいってきっと心の中で思っていた。

自分のガイドと全然会えない焦燥感とか、人を集めてそのエネルギーを支援に使うんだって意気込みすぎていたんだろう。



私は…私はイレ・スタ✩に参加する人たちは自分と同じ気持ちなんだと思い込んでいた。

突然の地震・津波・原発事故。

東北の人たちはどれだけつらい思いをしているんだろう、この出来事に胸を痛めない人なんていない、ぐらいに思っていた。


人の気持ちは変わる。

遠い地方の出来事に時間の経過とともに関心が薄れる人が出てくる。

被災地支援には興味がなくて、知覚アップだけが目的の人も多かったんだろう。

そもそも…そもそも、私が支援を呼びかけていた人たちのそのほとんどが、自分のことでいっぱいいっぱいの余裕のない人たちだったのかもしれない。


私は、お金目的ではない、名声とか栄誉が欲しくてやっているわけではなかったが。

それを信じられない人間もいる。

結果、人助けを売名行為に利用する、嘘つきの偽善者だと叩かれることもあった。


何千人もの人間に失望の眼差しを向けられて、私はかなり辛かった。


その時、リカバリーする方法を思いつかなかったから、私は自分の言葉は相手に期待だけさせて嘘をついてしまうことになるってことに焦ってしまったのだった。




これは、私個人の考え方だけれども。

人生には正念場ってあると思う。


今、ここで、踏ん張らないと!ってタイミングだ。

でも、どうしても、どうしても、頑張れない時ってあるんだ。

心が折れてしまう時もある、それで少し休んで復活できればいいけれど、そのまま死んでしまいそうになるときってある。


そういう人たちに集まってもらっていた。

今、ここでなにもできないってことは、そのまま彼らの死を意味するってくらいの、いやそこまでじゃないかもしれないけれど、ほんとうにギリギリの精神状態の人たちばかりだったのだ。


でも、その場所で、自分一人では何千人もの人のヒーリングを行う事ができない。

私にできるのは、大勢の人の支援のエネルギーを集めて、それを配分する事だったから。

その支援を集めるって事に、私は失敗した。

見通しが甘かったんだ。

自分ではできないことを人に頼って、それがしてもらえなくて、愕然としたんだ。



この出来事はかなり心理的に負荷がかかって、しっかり思い出せなかった。

ここらへん以降、かなりネットで叩かれるようになって、私は心身の調子を崩していって、毎月のイレ・スタ✩を続けるのが精一杯になっていった。





それから、3年半後、私はこの時に集まってもらっていた人の最後の一人をヒーリングし終わった。

私個人には、ヒーリングのスキルはなかったから、ただひたすら相手の話を聞いていた。


相手の目を見つめて、うんうんとうなづきながら、時にはそっと手を握って、背中をさすったりしながら、ひたすら話を聞き続けていた。


仮設住宅暮しをしている独居の人が多かった。

連れ合いを津波で亡くして生きる張り合いがないが、近隣の人の方がたくさん身内を亡くしている。

それを思うと、自分が辛いとは、誰にも話せなくてどんどん寂しくなるんだ、と言っていた。


久しぶりに人に見つめられたと嬉しそうだった。

久しぶりに人とじっくり話をした、と胸のつかえが取れた、と言われることもあった。


そんなことをコツコツと寝ている間に続けていた。

意識は時間を越えるから、私は時間を遡って2012年2月11日の夜11時に何度も何度も飛んでいってひとりひとり会いにいった。


実際には他にも手伝ってくれる人がいて、おかげでたった3年半で終わった。

それが私のレトリーバルだったのだろう。


自分でできることをコツコツする。

それで正解だったんだと思うんだ。







いつも最後まで読んで下さりありがとうございます。
↓応援よろしくお願いいたします↓
  
 
スポンサーサイト

3月11日イレブン・スター✩体験報告6

知覚クイズ解答

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿