用務員のおじさんに軒下から救出されたのは、9月後半の連休前の出来事でした。

あの時は、軒下で一時間ぐらいはブロックを倒せないかと汗だくになりながら格闘していましたが。

側溝のフタが4cm間隔ぐらいで格子になっていましたし、奥行も5cmくらいあったので、指先でコンクリートのブロックを押すことしかできなかったのです。

寝返りが打てるだけのスペースもなく、両手を揃えることもできず、しかも水をぶっかけられてぬかるみの中でのことでしたので、体も支えられず、どうしても倒せなかったのです。

悲鳴をあげ続けても、人が通る気配もなく、用務員さんの見回りも期待できなかったので、あとは早くても3日後の朝にしか見つけてもらえないと絶望して、泣きつかれて眠っていた後だっただけに。


あの時、高く掲げられた開放感と、あの夕陽の美しさは、今までの人生で一番だったと思います。




さて、あの出来事から約一月後のできごとです。


いつものごとく、姑息女子に取り囲まれて4~5人分の宿題をやっつけた私は足早に家路へと急いでいました。

私の実家は、道路に面したところに店舗があり、その奥が居住スペースになっているため、いつも店のドアから帰宅していたのでした。

すると、見慣れないセダンが店の真ん前に横付けされています。

お店の駐車場はお店の斜め向かいに車10台ほどの広さがあるにも関わらずです。


店先にジュースとタバコの自販機が置いてあったので、それを目当てのちょっと乱暴なお客がきているのかな…。

交通量の多い道に路肩へと寄せるでもなく、堂々と路駐をしていたのをいぶかしみながらお店へと入ると、ヒールを履いたロングタイトスカート姿の女性客が大きなダンボールを抱えていて、すれ違うところでした。



私「ただいま~!
ねぇ、お母さん、表に車が…あっ!」


担「今帰りか、しんじゅ。
遅かったな。」


私は慌てて黄色の帽子を外して、目を丸く見開いて驚いていました。

それは、私の学校の担任の女性教師だったからでした。


私「先生…。
先生もウチのお店で買い物するんだ…。」


担任は意地悪く唇の端を持ち上げるような笑い方をしながら返事をしました。


担「意外か?
ここはウチからも近い。
わざわざ車で買い物に来てやったんだ。
お礼ぐらい言ったらどうなんだ。」


私「え?あ、あの車先生の…(行儀が悪い停め方しているな…)

はぁ。
ありがとうございます。」


担「私は買い物をした客なんだぞ?
お辞儀が浅い!
もっと頭を垂れろ。」


私「あ、はい。
お買い上げありがとうございました。」


と、帽子を両手にもって、膝の上にあてて、深々とお礼して、顔をあげると。

先生はこちらを見ることもなく、ふっと口のはしを持ち上げながら、茶色のダンボールを両手で抱えながらドアを通り抜けていきました。

そして、路駐している、車の後部トランクを開けてダンボールを入れていました。

そこには、すでにもうひと箱ダンボールがしまわれていました。


私が呆然とそれを眺めていると、先生はつかつかとまた店の中に戻ってきて。

レジ横のカウンターにバンっ!と私に見せつけるように500円玉を千円札の上に叩きつけました。


担「今日は特別だ!
500円追加で払ってやる!」


私「?」


母「………。」


担任の教師は上から私を眺めて、ニヤリと笑いました。


私「?」


担「今日は持ち合わせがないからな。
ツケで支払いだ。」


私「あぁ…。」


担「しんじゅ、お礼は無いのか!」


私「?あ、はい。
買い物いただいて、ありがとうございました。」


担「声が小さい!
最敬礼だっ!」


私「あ、はい。
お買い上げ、ありがとうございましたっ!!」


担「ふ…。
先輩思いの後輩を持って、私は幸せ者だよ。」


母「……。」


私「?」


そのまま、担任はお店を出て、車に乗り込み、急発進して去って行きました。


私「?
先生、うちで買い物してたんだ…。
ヒール履いて車の運転して、危ないなぁ。

交通量の多い道で、路肩に寄せないし、運転のマナー悪いな…。
すぐそこ交差点なのに、徐行もしないし、左右確認もしてなかったよ。

あ!トイレトイレ!
テレビ始まっちゃう!

お母さん、デビルマン見てから、また店番手伝うから、5時半に戻るね!」


母は終始無言で、レジの奥の食パンのスライサーのしきりに体を預けてうつむいていました。

それから30分後、テレビを見終わった私はお店のレジそばまで戻ってきました。

母は30分前と同じ姿勢のままでした。



私「?お母さん、レシートは?」


母「え?」


私「小宮先生の買い物のやつ。
ツケだったんでしょ?
売掛帳に書くから、レシートちょうだい?」


母「あぁ…お母さんが書くから、いいわよ…。」


私「?そう?
それじゃ、帳面用意するね?

確かここらへんに新品が…。

あ、ないね、ちょうど在庫が切れてる。
奥から出してくるよ、ちょっと待ってて?箱から出すよ。」


母「あぁ…そう。」


私は母に背を向けて、しゃがみこんで売掛帳が並べられている棚の一番下にしまわれている箱を取り出そうとしながら、話し続けました。

大きな箱を棚から半分引きずり出し、自分の足に乗せないように、箱を傾け、お店の床に片面を着地させます。

バリバリとガムテープをはがして、箱のフタを開け、ガサガサと音を立てながらビニールをよけて帳面をいくつか持ち上げようとしていました。


私「それにしても、豪気だねぇ。
ダンボールで箱買いするなんて、5千円は買っていってるよ。

ふた箱だと1万円も買い物してったんだね、先生。」


母「いいから!
売掛帳はお母さんがやっとくから、あんたは他を見てきてっ!」


私「え?

お母さん、なんか、調子悪い?
無理しなくていいよ?

売掛帳は私の仕事だから、やっとくよ?」


母「いいからっ!
あんたはどっか別のところの商品を見てきて!」


私「!
あ、うん…。」


母「…ごめんね、お母さん、ちょっと頭が痛くて…。

つい、機嫌の悪い感じの事を言ってしまったわ…。」


私「無理しないで、頭痛なら、おくすり飲んできたら?」


母「そうね…。ごめん、しんじゅ、お母さん、ちょっと横になってくるわ…。」


私「お母さん、お薬飲む前になにか口にしたほうがいいよ?
胃を荒らすから。」


母「……。」


母は無言で、フラフラとレジ横を通り過ぎて、そのまま奥へと消えて行きました。

普段穏やかで微笑みを絶やさない母の、気色ばんた物言いはとても珍しくて、私は胸がドキドキしていました。


私「お母さん、大丈夫かな…。

最近、胃の調子も悪いって言ってたから…。

情緒不安定なのかな…。」









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万引き(少女時代78ー2)

これで一区切りです

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