私が昇降口を出て、階段を降りようとしたら、用務員のおじさんが、声をかけてきました。



用「嬢ちゃん…。」



私「…おっちゃん、ごめんな、なにも言えなくて…。」



私は黄色の帽子をかぶって、用務員のおじさんの足元を見ながら、そう、答えました。



用「嬢ちゃん、おっちゃん…。

おっちゃん、勘違いしとったわ。

嬢ちゃんの事、たいしたことないと思っとったけど、勝手が違う…。


あんな…。

あんな、恐ろしい先生やとは、思っとらんかった…。


わし、頭が真っ白になってまって、よう、うまくしゃべれへんくなってしまった…。」



私「うぅん、おっちゃん、ありがと…。」



用「おっちゃんな、嬢ちゃんがクラスメイトにいじめれれているっていうのも、ちょっと嬢ちゃんがかわいいから、ひがまれているだけやと思っとった…。


この町に住む子は、素朴でかわいらしい子供ばかりやし、ちょっと意地悪しとるだけやと思っとったんやわ…。


せやけど、全然違う。

あんな死んだ魚みたいな目をした大勢の子供たちを見たこと、わし、今まで無かった。


なんや、あの空気。

あんな中に、いつもいつも嬢ちゃんおったんかいな…と思ったら、わし、戦慄が走ったわ…。」



私「………いつも、あんな風や…。」



用「ようも、あんなところにいられて、正気でいられるわ…。

なんなんや、あの先生…。

言っとること、おかしいで?」



私「………いつも、あんな風や…。」



用「……なぁ、嬢ちゃん、なんで、ワシの方を見てくれんのや?

それに、なんや、その歩き方…。」



昇降口を降りて、グラウンドの前にある、校門へと向かう道すがら、おじさんは腰をかがめて私に声をかけてくれていたのでしたが、私は顔を上げてはいませんでした。



用「…もしかして、嬢ちゃん、足が痛いんか?

どこか、怪我しとるんか?」



私はギクシャクした動きでモタモタと歩いているのを見て、おじさんは心配したようでした。



私はふぅ、と、一つため息をついて、片方の靴をずらし。

そして、天気予報でもするかのような仕草で、靴を高く投げ出したのでした。



私の動きに、いぶかしさを感じつつも、靴を拾え、という意図だと汲んだ用務員のおじさんは、私がほおり出した靴を拾ってみせたのでした。



靴の裏には、びっしりと金色の丸い金属プレートが張り付いており。

まるで、なにかの装飾品のようでした。



用「なんやこれは!!

まさか、これ、全部、画鋲か!?」



私「両足、そうや…。」


靴下を履いた足で、体を支えて、もう片方の靴裏をおじさんの方へと向けます。



私「いつもは外してから、帰るんやけどな?

今日は、もう、めんどくさくなって、そのままはいとるんや。


それと、これもな?」



そう言って、私は黄色の帽子を頭からはずすと、金色に輝く画鋲がザラザラとこぼれ落ちてきました。



用「な!」



そして、私はランドセルを地面に置くと。

乱暴に逆さまに降りました。


筆箱や教科書やノートに混じって、何百個もの、金色に輝くプレートがザラザラとこぼれ落ちてきました…。



用「なんやて!?

こないに、画鋲が…。

いったい、全体、どこから…。

まさか、嬢ちゃん、これもいつもされとるっちゅーんか!?」



私は俯いて、帽子をかぶり直して、小さくうなづきました。



用「なんて…なんて、扱いなんや…。」



用務員さんは、地面に膝をついて、散乱していた本を拾うのを手伝ってくれました。



用「な、なんや、これは…。」



教科書もノートもずたずたにカッターで切り込みがいれられ、マジックで落書きがされて、黒く塗りつぶされていたものがたくさんありました。



用「なんて、ひどいいじめを…。

それを、全部、嬢ちゃんが悪いってことにされとるんか…。」



私「私が何を言っても、妄想だ、の、一言でおしまいや…。

アタシ、もう、疲れたわ…。」



用「なんちゅう、なんちゅうひどい扱いを受け取るんや…。

嬢ちゃん、親御さんに言うたか?」



私「お母さんは取り合ってくれないし、お父さんはお母さんに任せたといって、話を聞いてもくれないよ…。」



用務員のおじさんは、涙をポロポロこぼしてしまいました。



用「ごめんなぁ、嬢ちゃん。

わし、嬢ちゃんの言うとること、甘く考えとった。

ちょっとした、子供同士のいさかいやと思っとったんやわ。


そうやない、こないな扱いを受けたら、誰だって参ってまう…。

それなのに、わし、のんきにいじめした奴のことを許したってな、なんて嬢ちゃんに偉そうに言っとった…。


あいつら、反省する気なんてないし、先生も注意する気持ちもないんやわ…。

それどころか、先生が、いじめをあおっとるんやわ…。


せやけど、おっちゃん、用務員やからって馬鹿にされて、どうにもできん…。

すまんかった、おっちゃんに学があったら、もっと注意できたものを…。」



二人して、グラウンドにしゃがんで、散らばった文房具を拾い集めていました。



私「うぅん…。

おっちゃんは、なにも、悪くないよ…。


しんじゅがうまく説明できなかっただけ…。」



用「いいや、嬢ちゃんは、最初から最後まできっちり話しとった…。

それを、わしが勝手にたいしたことないと思い込んどっただけやった。


そうや、先生がひどい言うたかて、あそこまでひどいとは大抵の大人は想像がつかん…。


嬢ちゃんの兄ちゃんが、嬢ちゃんのことを心配しとるのは、それやったからやったんやな…。」



私「それは分からないけれど…。


私も、用務員のおじさんが、先生に言ってくれたら、あるいは…ってちょっと思ってた。

だけど、私と一緒に嘘つきだと丸め込んで、全部無かったことにされてしまった…。


小宮先生は大人が注意しても、聞く耳を持たない…。


あれでは、どんな大人でも、私の親でも、同じことになると思うよ…。」



用「そうやけど、それやと、嬢ちゃんはずっと孤立したままや…。

そうや、嬢ちゃんに友達はおらんのか?」



私は首をふるふると振った。



私「三年生までは、いたんだよ。

でも、このクラスになってから、私と仲良くなる子はバツを与えるからって先生が言ってるから。

誰も…。」



用「…なんでや?なんで、そないなイケズするんや?


ワシには訳がわからんわ…。」



私「ん…。私も…。

あ、画鋲、どうしよう…。

なにか袋でもないと、片付けられない…。」



用「嬢ちゃん、いいわ。

わしが画鋲全部拾っとくから、そのまま帰りぃ。」



私「ん、ありがとう…。」



用「嬢ちゃん、スマンなぁ…。

嬢ちゃんのお母さんに頼まれとったのは、こういうことやったんやなぁ…。」



私「ん…。」



用「なにが正義のヒーローや。

わし、子供たちに馬鹿にされて、恥ずかしかったわ…。」



私「おっちゃん、それは違う。

おっちゃんを馬鹿にして、子供達を使って、馬鹿にした先生が恥ずかしい大人なんや。

おっちゃんは、なにも悪くない。」



用「嬢ちゃんを助けたかったのに、全然役に立てれへんかったわ…。」



私「おっちゃんは、私を何度も助けてくれた。


もう、私、絶体絶命やと思っとったら、おっちゃんが見つけて床下から引きずり出してくれた。


あの日、見た、夕陽は、私の人生の中で一番美しかった。


きっと、一生忘れることはないよ。

助けてくれて、ありがとう。」



用「なんでや?

なんで、こんないい子がいじめられるんや?

ワシのこと、慰めとるよ…。

こんなひどい扱いを受けて、人を、ワシを責めてもしゃあないぐらいやのに…。」



私「私にも、分からないんだ…。

私、きっとキチンと話せば、先生に理解してもらえると信じて、何度もお願いしたんだ。

クラスの子も、元々は友達だった子もいたんだよ。

だから、何度もいじめはやめてって言ったけど、聞いてもらえないんだ…。


アタシね…。

こんなに辛い小学校生活は初めてだよ…。


早く、この学年が終わらないかなって、そんなことばかり考えている…。」



用「あぁ…。」



私「私ね、何度も相手を信じて、話したんだ。

でもね、アタシ、つかれちゃった…。


もう、気持ちがどんよりして、がんばれない。


お家に帰っても、お母さんやお姉ちゃんに無視されちゃう…。


私が出来損ないの女の子だから、誰も期待しないんだよ…。」



用「何を言うとる!

嬢ちゃんが、しっかりした、優しい子やと、ワシにも分かるで?

嬢ちゃんがお利口な子供やと、そんなん、ちょっと話しとったら、誰でも分かるで?


嬢ちゃんは、なにも悪くない!

悪ないから、自分のことを、そないに言うのはやめたって!」



私は黄色の帽子を頭にかぶせながら、少しだけ笑いました。



私「はは…。

なんか、もう、つかれちゃって、なんにも考えたくないんだ…。


でも、おっちゃんに優しくされて、嬉しかったよ。」



用務員のおじさんは、私の靴の裏に張り付いた画鋲をせっせを外して、私の足に履かせてくれました。



用「嬢ちゃん、もう片方の靴も…。」



私「いや、いい…。

これは、このままで…。」



用「せやけど、チクチクして痛いやろ?」



私「なんとなく、ね…。


少し、痛いぐらいでないと、気持が張らないから、家まで持たない気がしてね…。


お母さんも、私が学校でいじめられているっていう話を信じてくれないから…。」



用「!」



私「なんとなく、証拠として持って帰りたいんだよ…。」



用「なんで、嬢ちゃんの周りは四方八方が敵だらけなんや…。」



用務員のおじさんは自分の持っていた帽子に金色の画鋲を入れていたのですが。

思わず強く握り締めた関係で、ザラザラといくつかこぼれ落ちたのでした。


赤い日差しを受けて、新品であろう金色の画鋲がキラキラと輝きながら、黒い影を落として、焦げ茶色の地面へとパラパラと散らばっていったのでした。



私「あぁ…陽が落ちるね…。

真っ赤だ…。


もうすぐ、秋が来るね…。

あと、半年…。

あと、半年我慢すれば、このクラスから解放されるから…。

それまで、なんとか、頑張るよ…。」



用「それが、小学生の言うセリフかいな…(泣)


嬢ちゃん、ワシ、嬢ちゃんのこと、精一杯見守るから。

なんかあったら言ったって?」



私「…おじさん。

本当に。

本当に、あの時見た夕陽は美しかったよ…。

魂が洗われるような気分だった…。


ありがとう。

さようなら。」








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ちょいと脱線を…

夕陽(少女時代85ー1)

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