このクラスに連れてこられてしまった。
先生(担任)は、
私がいうことを聞かないから、
しかたないと言っていた。
頭を叩いたことは、
親には言わないようにと、
教室に入る前に何度も先生に言われた。
ほのぐらい教室に入ると、
無造作にあちこちおもちゃがおいてある。
子供たちは、少し遅れて、
ドアを開けた私を見たが、
ゆっくりともとの目線に戻っていった。
まったく反応しない子供もいる。
私は教室の一番奥のランドセル置き場に、
自分のランドセルと帽子を置いて、
教室の中央に行ってみた。
すると、若い女の先生が入ってきて、
私の先生と少しお話をして、
担任の先生は出て行ってしまった。
教壇にたった先生は、
クラスの子供たちに、
私のことを紹介していたが、
聞いている子供はいなかった。
先生は、私がこのクラスに来ると、
教室の中がパッと明るくなると笑顔で話していた。
私はいつものように、
教材として置いてある、
おもちゃを取りにかかった。
プラスティックでできた衣装ケースの中には、
さまざまなおもちゃが置いてあるのだ。
教室には40人ほどの児童が入るだけのスペースがあったが、
そこにいたのは私を含めて10人にも満たなかった。
そこで、余裕のあるランドセル置き場には、
さまざまな教材が置かれていた。
私はそれをひとつづつ、
攻略していくのがひそかな楽しみだったのだった。
子供たちは互いに干渉しあわない。
ほどほどの距離で勝手に遊んでいる。
私がカードゲームを引っ張りだして遊ぼうとすると、
養護教員の先生が申し訳なさそうに話かけてきた。
モモ先生「しんじゅちゃん、
また来ちゃったね…。
とりあえず、今日はなにして遊ぼうか?」
私「うん、どうぶつのえのカードであそびたい。」
モモ「そう?そこにはないの?」
私「ここにおいてあるのは、
もう、見ちゃったから。
ほかのがいいけど、
トシ君が、いま、あそんでる。」
モモ「それじゃ、トシ君に貸してって頼んでみようか?
いくつもお店をひろげているし、
背中向けているし。
今はカードで遊んでいないみたいだから。」
私「だめだよ。
トシくんはカードもないと。」
モモ「大丈夫よ、先生が頼んでみるわ。
ねぇ、トシくん、このカード、
ちょっとしんじゅちゃんに貸してもらえないかしら?」
トシと呼ばれた少年は、
うつむいたまま、
木製の馬を床に何度も叩き続けた。
うーうーとうめいている。
モモ「トシくん、落ち着いて。」
トシくんは、うーうーと言い続けていた。
私「先生、トシ君にお水あげてあげて?」
モモ「えぇ?
あ、そうね、その方がいいかも。
ちょっと待ってて。」
モモ先生がトシ君に、
プラスチックのコップに水を汲んで与えると、
落ち着いたようだった。
モモ「油断したわ…。
この子、一人でおもちゃをたくさん占領しているから、
ひとつぐらい大丈夫だと思ったのよね。
なぜ、しんじゅちゃんは、
お水を飲ませたほうがいいと思ったの?」
私「え?
トシくんは、いつもおうちで、
おちゃをのんでいるの。
だから、ほんとはおちゃをのませてあげたかったけれど、
ここにはないからお水にしたの。」
モモ「えぇ?トシくんから聞いたの?」
私「うん。
みどりいろのお茶が好きで、
いつもお母さんがのませてくれるの。
それだとトシくんは、
おちつくんだよ。」
モモ「そうなの?緑茶ね。
いつのまに、親しくなっていたのかしら。
おもちゃは貸してもらえそうにないわね…。
ごめんね、しんじゅちゃん。」
私「うぅん、いいよ。
あれはトシ君のくもだから。」
モモ「え?カードがクモ?
クモって虫?
それともお空の雲のこと?」
私「おそらのくもだよ?」
モモ「どうして?」
私「トシくんは、
今日のお空をみて、
いいなって思ったの。
それで、おもちゃをクモのカタチに並べているの。」
モモ「え?おもちゃを空に見立てているの?」
私「うん、そう。」
モモ「どうしてそれを…。」
私「トシくんがそう言ってたから。」
モモ「……それじゃ、
しんじゅちゃんに質問していい?
どうして、トシくんは、
おもちゃを取られるのを嫌がったのかしら?」
私「モモ先生の声が大きかったからだよ。」
モモ「え?」
私「トシくんは、おはなしするとき、
ゆっくりうごいてほしいの。
それでね、やさしい声でおはなししてほしいの。
いまからおはなしするねって、
わかってからおはなししてほしいの。
そうじゃないと、
急におはなしされると、
びっくりしちゃうから。
いまでも、頭のなかで、
モモせんせいに言われたことが、
ずっときこえているの。
おおきなスピーカーで、
おはなしされたみたいにかんじちゃうのよ?
トシくんつらい時、
いつもつめたいみどりいろのおちゃを飲んでおちつくのよ。」
モモ「今でも?」
私「そう、いまでも。
だいぶちっちゃくなったけど、
なんどもなんども、
かしてって声がきこえている。
トシくん、いつもそうだから、
つかれちゃうのよ。
おこっちゃダメだよ?」
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