目の前にずずぃっと押し出します。
額の辺りがズキズキと痛みます。
私「ま、粗茶をどうぞ。」
岡田「そんなんで、
ごまかされへんで!?
よくも、ウチの事を馬鹿にしてくれたな!
しんじゅ!」
私「いやぁ、バカにするなんて、
とんでもない…。」
岡田「なんなん!
いくらウチが美少女やないとしてもやな!
もっと、他に言いようってものがあるやろ!
失礼やんかっ!」
私「ははぁ~、おっしゃるとおりでございます。」
岡田「ふんっ!」
ひろみちゃんは、
ぶんむくれた後、
私の差し出した湯呑を手にとって、
ずずっとお茶を飲みました。
私はへこへこと頭を下げてそれを見守っています。
岡田「ふへぇ。
なんで、最初から正直に言わんかった。」
私「だって、あとでひろみちゃん、
お母さんに話すでしょ?
そのまま話したら、
私があとでおばさんから、
教育的指導を受けることになる。」
岡田「教育的指導?なにそれ?」
私「ハリセンで…。
おっと、これは秘密やったな。」
岡田「なに?そりゃ、
ウチのママンはウチの悪口を許さへんで!
怒られても当然やわ!」
私「悪口などとは、
露ほども思っておりませぬ。」
岡田「悪口やろ!
上品で育ちのいい美少女と真逆やと言われたら、
誰かて気分悪なるわ!」
私「いいえぇ、最初から、
そんな風には言わんかったやない。」
岡田「結果、おんなしやろ!」
私「滅相もございません。
これでも気を使ったつもりでございます。」
岡田「なんなん!
アンタ、正直なのが信条、
みたいなこと前、
言うてたやんかっ!」
私「そのとおりでございます。」
岡田「ちゃうやん!
正直ちゃうんやん!
失礼やん!」
私「私がこの家に通い始めて学習したことは二つ。
『物は言いよう!』
『臨機応変』でございます。
どうぞ、ご容赦ねがいます。」
岡田「…ぷはぁ!
もぉ、ええわ!」
私「お後がよろしいようで…。」
岡田「ウチ、最初のうちは、
全然気づかへんかったわ…。
ウチも完犬宮の射程圏内かと思っとったわ…。」
私「ひろみちゃん、
自己肯定感強いな、
うらやましい。
おばさんの教育の賜物やろうな…。」
岡田「おおきに。
せやけどあんさんの、物は言いよう…。
ウチの事を、美少女ではない、
ということを、
あんな言い回しできるやなんて、すごいな。
逆に経営者タイプやで?」
私「ははぁ~、
おほめのお言葉をちょうだいつかまつり、
感謝感激でございます。
…しかし、すごいな、そういう観察力。
スッと、そういう感想とか、
言葉が出てくる。
ここがひろみちゃんのスゴイところなんだよな…。
とても小学5年生とは思えない…。
しっかりしてる。」
岡田「え?それ、褒めてる?」
私「うん、ほめてる…。
いや、お世辞とか、冗談抜きで、
ホントに頭いいな、この子…。」
岡田「えへへ。」
私「ん…。
いや、ちょっと、これ、
真面目な話なんだけど。
バカのフリするっていうのは、
本当に賢くないとできないと思うんだ。
だから、ほんと、
頭の回転の早いひろみちゃんでないと、
犬宮を出し抜くことはできない…。
頼りにしてます。」
岡田「おう!まかせとき!」
私「ん…。
それと、これも真面目な話。
犬宮が狙うのは基本、
キラキラした女の子たちなんだけど、
逆にどこか見劣りする子も狙うんだよね…。
勉強が苦手とか、
運動がダメとか、
人前で話すのが苦手な内気な子とか。
あと、空気読めないタイプ?
そういうのも、ダメだろうね。
抹殺したくてしょうがない…。」
岡田「あぁ、典型的な、
弱いものいじめやね…。
自分より弱いものを狙って、
いちびり倒すっちゅー性根の、
ひねくれた人間の考えそうなことやわ…。」
私「キラキラ女子と、弱いもの…。
なんか、対照的で…。
そうか、犬宮はコンプレックスが強い人間なんだね…。
自分の方が優勢だと感じる相手には、
強気で押さえつけてくるし、
自分にはない魅力を持っている人間、
この場合小学生女子だけど、
そういうのも踏み潰したくてしょうがなくなっている…。
なんだ?なんか、
かなり単純な人間だぞ?
未熟で幼稚でコンプレックスの塊、
それが犬宮雅子なのか…。
そして、祖父の言動を模倣していて、
弱者は抹殺してもいいと考えている。
交通事故の細工も、
もしかしたら、
祖父のやったことの模倣なのかもな…。」
岡田「あぁ、コンプレックスの塊!
そう考えるとガテンがいくわ!
顔の可愛い子、人から好かれている素直な子、
お金持ちで育ちの良さそうな上品な子。
どれも少女漫画の主人公タイプやないけ。
犬宮からほど遠いキャラクターやもんな!
自分にはないものを持っている子が、
憎くたらしくてしょうがない。
だから、子供たちをいじめている。
あきれるほど、幼稚な人間やわ!
よく教師やっとるわ!」
私「あぁ、あと、
自分は恵まれていると、
うぬぼれている人間も嫌いだね。
あの太田っていう保健室の新しい先生!
アイツ、犬宮の頭の中で、
何度切り刻まれたかしれないよ!」
岡田「あぁ!あの軽薄な奴な!
話聞いとっても、
腹が立ってきたわ!」
私「だいたい、保健室にやってくる子どもなんて、
体調が悪いに決まっているのに、
笑顔をふりまかないとか、
愛想がないとか、
意味わかんねーよ。
なんだ、あの女!
モモ先生の爪の垢でも煎じて、
飲ませてやりたいよ!」
岡田「ホンマになぁ!
子供のための先生やのに、
子供の世話しとる場合やないって、
なにを言っとる!
性悪軽薄女なんて、
誰も相手にせえへんで!
学校に男をあさりに来とるんかいなっ!
気色悪っ!」
私「まぁ、あの太田って人間に関しては、
犬宮でなくても同性からは嫌われるタイプだろうけどね。
あ~あ、お菓子の催促までして、
ずぅずぅしい人間だよ、まったく。
ポテチもコーヒーも、
家の店の盗品だっちゅーの!」
岡田「うわぁ…。
その女、ダメダメだな。」
私「あぁ、本来なら、
完全にターゲットにされているタイプだよ、アレ。
自分で若くて可愛いとか言ってて、
しかもアホっぽいし。
あれは完全に犬宮の射程圏内だけど、
あれはあれでよかったんだろうなぁ。
そうでないと、
今度はあの先生の車が炎上することになる。」
岡田「なんで、そうならへんかったんやろ?
犬宮やったら、ねちこく恨みそうやで?」
私「さすがに二人続けて、
保健室の先生が交通事故を起こしたら、
警察に疑われるだろうからね。
それで、したでに出て、
取り入る作戦に出たんだと思うよ?
あとはなんだかんだ言いがかりをつけて、
カウンセリングとか進めないように妨害するつもりだった。
それが、最初からやる気のない臨時の先生だったのが幸いして、
仲良しこよしごっこをしているんだ。
アイツ、いつか牙を向かれるとも知らないで、
調子こいてたけどな。
『はは、太田先生は軽やかで可愛い方だ。』とか、
犬宮、歯の浮くセリフはいててさ。
カーテン越しにも、
ものすごい殺気が出てたけど、
肝心の太田は気づいてないんだ。
褒められてると思ってる。
あぁいうのが、なんだかんだで、
生き残るタイプなんだろうねぇ。」
岡田「憎まれっ子世にはばかる、やね。
やれやれ。」
私「はぁ…。
だいたい、これで言いたことは言えたかな。
作戦会議は終了となります。」
岡田「はい!隊長、ついていきます!」
私「了解しました!
…でもね、この話はほとんど、
私の想像や推測ばかりだから…。
バックに議員がついているっていうのも、
憶測で、私が見た光景も、
本当のことかどうかは分からない。
けれど、木嶋先生や、
モモ先生が車の事故を起こして、
その直前に理科室の雑巾やアルコールランプが消えている。
本当に恐ろしい女なんだ、犬宮は…。」
岡田「ブルブル。」
私「正直、私が生きているのも、
ほとんど偶然なんだ…。
去年のいじめで何度死にかけたか分からない。
そして、私をいじめていた子供たちはみんな、
何らかの処分を受けている。
犬宮に洗脳された結果だ。
弟の薫の事もある。」
岡田「ほ、ホンマや…。
ウチ、あんさんの話、信じるわ…。
憶測やなんて、そんな控えめに言わんでもえぇ。
ほぼ、犬宮が黒やというのは、間違いないで?」
私「うん…。
私も怖くてたまらない。
アイツは人を死なせる事をなんとも思わない人間なんだ。
まともにやりあったら、
命がいくつあっても足りない。
これは非常に受身のやり方だけれど、
これ以上被害を出さないようにするための作戦なんだ。
消極的な行動に思えるけれど、
戦略的に引くことも大事だ。」
岡田「命あっての、モノだねやでぇ?」
私「うん、そしてね…。
私、思うんだ。
私たちは、生まれた時から平和な世の中で…。
戦前に生まれた人とは、
同じ日本人でも感性や、
精神構造が違うんじゃないかって。
戦争の爪あとは、
終戦から40年たってもまだ微かに残っている。
それを引きずっているのが犬宮で、
その歪みを受けて、
今、私は苦しんでいる。
けど、戦争を知らない世代の私が、
その歪みを受けて、
これ以上歪みを広がらせないようにすることが、
大事なんじゃないかって。
私たちは愛と平和を知って育った世代だから。
そんな風に歪まないように、
生きていくことが大事なんじゃないかなって、思うんだ。
私はひろみちゃんのお母さんの愛情に触れて、
とても大事な事を教えてもらったと思うんだ。
ひろみちゃん、これからも、
私の友達として、よろしくね。」
岡田「うぅん、ウチとしんじゅは、
ただの友達やない。
もう、家族、姉妹なんやで!
一緒に頑張っていこうな!」
私「うん!」
階段の下から、おばさんが夕御飯ができたと大きな声を出していました。
私たちはお盆に急須と湯呑を乗せて、
小さな折りたたみのテーブルを片付けて、
急いで台所へと向かいました。
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