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片付けをしていたのは、本当で、本も読めないし、ブログも疲れているからちょっとやめようとなったとき、それなら部屋の片付けでもと思っててね、時間が余っているのに耐えられない、なにかやりたくなっちゃう、あぁ、自分は本当に貧乏性だなぁ、でも、そんな自分も好きだなぁと思って、やっていた毎日だったんです。



そこで、どうにも捨てられない、しかし、捨てるのは忍びない、というのをどうにかできんかと思ったら、友達がメルカリで出品したら?とアドバイスと、アプリのダウンロードまでしてくれたので、最初はおっかなびっくりで、書籍を出品してみたんだ。



そこで、私にとっては中古だけど、買い手にとっては、お金を出して購入した商品なんだから、なるべくいい状態でお届けしたいと思って、せっせと梱包したりしていたんだ。



買い手にわかりやすい情報、一目見て理解できる状態、手に取りたくなるように、この商品を手に入れたあとのその人の幸せそうなビジョンを連想させるような言葉を添えて商品を出品してみたら、ものの10分で売れた。



それで、気持ちよく商品を手に取ってもらえるように、商品が傷つかないように丁寧に梱包して、その梱包もほどきやすくなるように工夫をして、綺麗な新品の封筒に入れて、綺麗なメッセージカード(これも自宅に大量にあったのだ。)を添えて発送をしてみた。



そうして、せっせと梱包作業をしていると、ふと、懐かしい感じがしたんだ。





私は今は事務系のOLをしているが、商家出身で、生まれた時から両親がお店をやっていて、ずっとそれをそばで見て、手伝いをして育っていた。



ブログでは八百屋という表現をしているが、どっちかというと、今で言うコンビニみたいな感じで、野菜、果物、卵、魚、お肉などの生鮮食料品から、文房具や雑誌、洗剤から、贈答用のお菓子や高級食材など、手広く商品を扱っていたんだ。



そこで、母親に、美しく見える包装の仕方を教えてもらって、せっせと商品の梱包を手伝っていたのを思い出した。

季節おりおりの言葉を添えたり、色を重ねてキレイに見える包装や、ちょっとしたリボンの結び方まで。



細々した作業が楽しかった。



そんな子供時代を思い出して、あぁ、そうか、私は根っからの商売人気質の人間だったんだな…って思い出して、ちょっと笑ってしまった。



お人好しすぎて、商売人には向いていないと思うけれど、商売のことを考えるのは楽しい。





ブログが中断してしまっているが、子供時代。



お母さんが亡くなって、親族が葬儀に集まって、高級な着物や、形見の貴金属がごっそり消えてしまったり、見知らぬ近所の人が祭壇に上がり込んで、花を盗んだり、目の前で踏みにじって、あの女は早死にがお似合いだ、と毒づかれたりとか。



小学校に向かったら、友達だと思っていた子に、お母さんを怪物扱いされて、その子のムードに巻き込まれてクラス全員から、一ヶ月以上無視され続けることになったりとか。



担任の先生にも見放されて、町内会からも無視されて、お店には誰一人買い物に来なくなってしまって、夏休みになっても、誰もお客さんが来なくなってしまって、毎日ぽつんとお店番をしていた子供の頃の自分を思い出してしまった。



お父さんは、すっかり気落ちして、私のけがやいじめには無関心で、家族全員がバラバラになってしまって、家族団らんが消えてしまった、なんだか、悪い夢の世界にいるような、現実感のない、夏休み。



実際には、町内会には無関心のパチプレのおじさんとか、耳の遠い、ヨッちゃんのおばあさんとか、私を殺害しようとした天使の愛ちゃんこと、その子の母親、隣の家の吉崎の奥さんだけは買い物に来てくれたけど、すっかり私の実家には、誰もお客さんが寄り付かなくなってしまった。





私も近藤さんの家に出向いて、なんとか、町内会長会長の近藤さんのおじいさんに、四季子ちゃんにいじめなんてしていないと誤解を解きたかったけれど、門前払いをくらってしまって、私はずっと、近藤さんの玄関前に座って、土下座して、話を聞いてくださいと叫び続けていた。



このままでは、ウチの家族全員が路頭に迷う、弟はまだ小学二年生なんです、どうか助けてくださいと土下座し続けていた。



膝の下の皮膚に、蟻の頭くらいの大きさの小石がつきささって、傷だらけになっても、構わず叫び続けていたけれど、締め出しをくらって、熱中症になりそうになりながら、泣きながら、自宅まで帰ったものだった。



真夏の出来事だった。

何度も通っているうちに、近藤さんの家族はどこかに旅行に行ってしまって、泣きながら小一時間かけて、自宅まで帰っていたものだ。



いろいろ切ない。



そうこうして、やはり実家は倒産してしまったのだが、それは私が高校を卒業してからの話。





中学にあがると、もう、本当にお金がなくて、学校の給食費をいつも滞納していた。

お風呂も毎日入れないし、ごはんもままならなくて、お腹がすきすぎて、錯乱して、ガラスのコップをかじってしまったぐらいだ。



父親の暴力がひどくなったのも、この頃で、なんどか肋骨にヒビが入っている。

ひと目の無いところで、口汚く罵られ、引きずり倒され、馬乗りになって、殴られ続ける。



なんのために生まれてきたのかと、呆然と思うような日々だ。

自分を哀れむより、なんとか生き残る方法を考えようと思って、可能性を模索していた。



私は勉強を頑張ろうと思って、親戚の援助で商業高校へと進学して、そこでも毎日何時間も勉強していた。



自分は頭が悪いというのが、コンプレックスで人の何倍も努力しないと、人並みになれないと思って、頑張っていた。

実家の手伝いをしながら、家事もして、部活にバイト、塾や家庭教師なしの状態で、高校3年生の時には偏差値77ぐらいまでいったけれど、やはりお金がなくて、大学に進学することはできなかった。



でも、バイトしたお金で普通科高校の教科書を購入していて、密かに勉強をしていて、それで今の会社に就職が決まったのだ。



内定の段階で身上調査を受けて、近所の人(花屋のおじさんだったと思う)が、私のことを聞かれたらしく、ピンときて、あの子は小さい頃から家の手伝いをして、とてもいい子だと言っといてやった、と、得意げに後日父親に報告していた。



これが花屋のおかみさんの方だったら、何を言われていたかちょっと恐ろしいところだが。



閉鎖的な田舎町である。

評判が悪いとどんな扱いを受けるか、恐ろしいところがあるのだ。



お盆の母の新盆の時、弟が花屋に仏花を買いに行ったが、やはりお釣りはもらえなかった。



本当に恐ろしいのだが、町内会ぐるみで無視をされていた。

こういうのを、村八分というのかな。



人の悪意とか、噂とか、全体の認識とか、そういうのに、個人の意見はたちうちできない。



町内会長会長という権力を持った人間が、私という子供が悪質だから、懲らしめてやると思って町内会の人間が口をきいたら、その家族も同じ扱いを受けることになるぞ、と号令を出したのが原因だが。



私もまだ子供で、まさか子供同士のいざこざで、そこまでことが大きくなるとは考えていなかったし。

実家がどれだけの経済的なダメージを受けているのか、ピンと来ていなかったのだ。



結局、一年間、子ども会や婦人会などの買い物が無くなってしまって、おそらく、今の資産価値でいうと500万以上は損失を出していると思われる。



花屋の奥さんも、以前お話にちょっと出ているが、そろばん塾で私の月謝を盗んでいた子供というのが、この花屋の娘さんで。

私が事実を知った時、その子の家にどなりこんでいったことがある。

当然、相手はそんなのは証拠がない、私が嘘をついていると言い張ったが、その様子を周りの人が見ていて、花屋の奥さんは私に強い悪感情を持っていたのが原因で、弟にも、花を売らないとか、お釣りを渡さないとか、そういう嫌がらせをしていたんだと思うので、四季子ちゃん一人のせいばかりではない。



こういう、いざこざを受けて、子供の自分の私には、もう、なにも太刀打ちができなかった。



ちなみに、四季子ちゃんは、友達だと言いながらも、自分はなにも悪くないと思っていたので、私に対して援助するとか、そういうのはいっさいない。



お店に客が来ないのは、おじさんが悪い、もっと経営努力をするべきだ、と、自分は将来、賞味期限を気にするような食べ物を売るような商売は絶対しないようにしよう、勉強になった、と涼しげに私に言っていたものだ。





ま、なんか、話があちこち飛ぶのだが、そういう苦しい状況を経験して、それで、自分は何をしたのか?とか。

どうやって、解決したのか?とか。

それを教訓にして、何を得たのか?

と、問われると、うまく説明できない。



もやっとしたものになってしまうのだ。





あの当時、ほぼほぼ、ただただされるがままになってしまっていたのだが。

どうやって、自分でも精神的に立て直したのか、そこまでの記憶はない。





ちなみに、四季子ちゃん一家は、あの年に亡くなるハズだった、とか言っているが。



それは、私が四季子ちゃんにされたことを、大人に相談すると、それが父親の母親、つまり祖母に伝わって。

それがこの町の素封家でもある祖母の逆鱗に触れてしまい、四季子ちゃんの家とは同業だったこともあって、四季子ちゃんの家には仕事が回ってこなくなってしまうのだ。



それが原因で、非常に上田家は困窮することになるのだが、その理由が当人たちにはさっぱり分からない。

それで、どうやら四季子ちゃんの言動がきっかけらしいと、おじさんは知るのだが、それを家族に話しても理解してもらえない。



家庭内で孤立するおじさんに、追い詰める発言を繰り返す四季子ちゃんに、おじさんの精神は追い詰められてしまう。

そうこうして、完璧に職にあぶれた状態になってしまったおじさんは、一家心中を図ってしまう…。

というのが、私が視た上田一家の未来予知。



そして、それを回避するために、私は自分の寿命を20年使ってしまったのだった。



私の予知では、四季子ちゃんは一人だけ助かる。



家族全員を失った四季子ちゃんの失意を何度も目撃した私は、家族を失う悲しみを知っているだけに、彼女が健やかに育つためにはどうしても、三姉妹全員が一緒に育たなければならない、と、諮問委員会に取引をもちかけて、私は将来病気になり、子供が産めない体になり、独身となり、そして若くして亡くなる…という未来を選び。



四季子ちゃんは、親元で愛情いっぱい受けて暮らし、独身時代、好きなことをチャレンジしつづけ、そうして30代に結婚して子供を二人もうける…という未来に差し替えた。



という、ホンマでっかな話しだけど。

あの時、四季子ちゃんに教室で、言われたセリフにショックを受けて。



母親を死なせて、なぜ、お前が平気そうに生きているんだ?という主旨のことを言われて。

私はあの時、絶望してしまった。



そうか、私は生きていていい人間じゃないんだ、と、受け止めてしまった。

そうか、私は幸せになってはいけない人間なんだ、と受け止めてしまったのだった。



本当は、そんな風に思う必要はないのだけれど、私は打ちのめされてしまった。



そこで、知った、上田一家の悲惨な末路を見て。

自分を痛めつけてきた四季子ちゃんを、見捨てることができなかった。



生きる価値の無い人間の、自分が、今、持っているカードがそれだけで、他の方法が思いつかなくて、上田四季子という女の子を助けるために、私はそんな取引をしてしまった。



いずれ、自分が30代で、自殺するということも、その時に予知している。

そして、それでも助かる、けれど、生殖能力を失う、ということも予知している。



それは、私が生むはずだった子供たちの人数分、四季子ちゃんには、子供を産んでもらいたかったからだった。



それは、四季子ちゃんに頼まれたわけでもなんでもない。

ただ、そうしたかったから、そうしただけの話だ。





ひろみちゃんに問われている、そんな奴、見捨ててもよかったんやないか?



私は答えている。



自分を痛めつけた人間だから、不幸になってもいいとは思えない。

嫌なやつだから、苦しめばいいと考えることができない。

友達だったから。

あの子は人の痛みが分からない子供だけれど、それは人より成長がゆっくりなだけだから。

親からの愛情と教育を受けて育てば、きっと変われる。



やられたら、やりかえす、ではいつまでたっても、苦しみの連鎖は止まらない。



お母さんが死んでしまって、どうにかできなかったのかと、気が狂いそうになりそうになりながら考えた。

どこかで分岐点があったんじゃないかって。



ずっと、小宮にいじめられてきた。

ずっと、虐げられてきた。

非力でなにもできなかったから、お母さんが死んでしまった。



四季子ちゃんのお母さんは、四季子ちゃんたち、三人の娘の幸せを心から願っている。



私は自分のお母さんが死んでしまったから、四季子ちゃんのお母さんの願いを叶えてあげたい。



虐げられてきた人間の意地みたいなものかもしれない。



悪意や憎悪や、嫌悪を受けたとしても、私は愛を知り、愛で返したいんだ。



お母さんを失って、とても悲しかった。

自分が苦しいからといって、自分をいじめたからといって、その相手が苦しむを知っていたなら、ほっておけない。



だから、助けた。

ただ、代償がいっただけ…。



科学者になって、新薬を開発して、数万人の人を助けるという未来には届かなくなってしまった。

ただの普通の人として、ひっそりと生きていくだけ。



それでも、いいと思ったんだ。



そんな風に答えている。





ま、そんな訳で、私、死亡フラグが立ってしまった。

人生残り、あと13年かな。



子どもって、ピュアよね。



大人の自分は、そういう風には考えられない。

自分を痛めつけたやつなんて、苦しんでしまえ~!!と、素直に思う。(笑)



ま、そんなこんなで、ひそかにやさぐれていたんだけどさ。



どうも、ちょっと様子が違ってきた。

なんか、また未来に改変が行われたらしい。



人生伸びたようだよ。



しみじみ。



子ども時代の自分が、精一杯考えた出した結論だからさ、そんな責めないでやってほしいし。



見返りを求めていない、親切みたいなもんだからさ。

そういうのは、忘れちゃったぐらいで、ちょうどいいんだろう。





最近、コツコツ片付けをしていて、なんか、時々ガイドと接触ができるような感じだ。



どのガイドってわけでもないんだけどさ、その人が言うわけ。



『どんな人生だろうと、本人が心から納得していれば、それが正解だ』



って。



そうか、なんか、勝ち負けとか、正解とか不正解にこだわっているけれど、そっちの観点からすると違うんだな。

どんだけ、自分の本心にコミットしているか、それが肝要だってことなんだと思う。





目が回って、しみじみ地味に生活していて。

まぁ、メルカリはかなり刺激的で面白かったんだけど、それは確かで張り合いとか出て、ウキウキしていたけど。



どんな人生だって、もう、生きているだけでだいたい正解だと思うのだよ。

他人目線でどうこうっていうんじゃなくて、どれだけ自分に納得がいく生き方ができたか。

それが大事なんじゃないかなって思ってしまった、というお話。





長文におつきあいくださいまして、ありがとうございました。



正解、不正解にこだわらなくていい。

成功、不成功にこだわらなくていい。



みんな、もれなく死ぬんだから、そんな細かいことにこだわらなくていいと思う。

どれだけ愛せたか、どれだけ愛せるか、それだけでいいんちゃうかな?と思うのであります。







いつも最後まで読んで下さりありがとうございます。
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捨てられないモノ

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